細々とレイヤーをやっている薩川のブログ。

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STAP問題私見

※この記事はあくまで私見であることご理解いただきたい。
※スルー推奨!!偏った見方になっている為、気分を害される方も居るはず。


忙しさにかまけ恥ずかしながら、ニュースもろくに見ていなかった3月。
2月の五輪は意図的に見てなかったんだよ。大好きなフィギュアなんか特に。
なんか採点と自分の感性のギャップが凄く大きくなってきたので。
…まあそれは余談。
4月に入って、ようやく落ち着いてきたからこそ、連日騒いでいるSTAP論文問題が余計に気になる次第。
3月以前の動きが欠落しているので、ちょっと調べてみた訳です。
今仕事で持ってる山奥の現場が車で事務所から1.5時間かかる。往復3時間の暇を推測や推敲にあてる。
去年までは、鳥取の為の衣装製作の設計に費やされてた車中時間。今回は鳥取行かないからね。

ある程度の知識・情報を入れないと本質を理解できない、と思って多少読み物したが、専門外の分野で苦労。
拙い文章と付け焼刃の知識で、しかも理屈っぽい書き口の自分。

@@@



散々に持ち上げてから落すという絵に書いたようなマスコミの仕打ちにゲンナリしていただけだった。
五輪の報道でもそうだよね。人間ドラマも行き過ぎて純粋に競技を見れなくなってきている昨今。
回顧厨ではないけど、昔のように淡々と競技状況とと結果を流すマスコミは既に無いのかねぇ。
…またも余談でした。
その中でまず疑問に思ったのが共著者の存在と役割。
勿論顔役は重要だろうけど、共著者が見えてこなかったというのが率直な感想。3月の詳細動きを追えてなかったのも有り。
後追いで調べると不思議な共著者の動きが見えてくる。でも最も科学者らしい動きの若山さんに括目し、事件を追う事にする。

STAP細胞に関する論文の解説は既にマスメディアで周知の通りだが、自分なりに9捨1入してざっくりまとめる。
山中教授のiPS細胞が、分化(既に単一の働きしかなさない)した細胞にあるリボ核酸で遺伝子を送り体細胞を初期化するのに対し、
難しい細胞核の操作無しに、刺激を与えて多能性幹細胞を作るというもの(うわ、ざっくり過ぎ)
多機能=万能ということで再生医学の切り札、しかも作成簡単という付加価値は計り知れないというもの。

報道でもあった論文でのSTAP細胞の目で見て解りやすい部分、STAP細胞だという蛍光緑の細胞はOct-GFPの発現をを捉えた物という。
これはOct4(自己複製関連タンパク質)が作られると同時にGFP(緑色蛍光タンパク質)が出来て光るようにしたマウスを使う。
Oct4発現は万能細胞である事の必要条件の一つとなる。しかし、初期化された訳ではなく緑に光る時もあるという。
この発現の再現は香港の研究チームが確認したのをフジテレビのNEWSサンデーで自分も見た。だが、それは光るだけでその後のSTAP細胞の初期化と多能性の証明には至っていないとの事だった。

論文に戻り、ではその初期化と多能性の証明は?
初期化の証明→T細胞(リンパ球の一種)のTCR再構成の確認。詳細は省く。画像捏造もそうだけど決定的な事があったから。
3月5日に理研が小保方・笹井・丹羽さん連名でSTAP細胞の作成のコツとして出したコメントの中に。

長いから1文だけ決定的なものを。
『Of eight clones examined , none contained the rearranged TCR allele,~』
英語は苦手なので、ヤフー翻訳にて直訳
『調べられる8個のクローンのうち、何も再編成されたTCR対立遺伝子を含みませんでした~』
・・・再構成無い→初期化無しなんだって。コツでもなんでもなく、論文の根幹無くしちゃってるから。

また論文に戻る。STAP細胞の多能性の証明→①テラトーマ、②キメラマウス
①万能細胞をマウスの皮下に注射すると様々な組織が混在した奇形種(テラトーマ)が出来る。
②初期受精卵の胚に多能性幹細胞を注入後成長させると、それぞれの由来を持つ細胞がまだらに存在した状態(キメラ状態)になる。

①に関しては有名な捏造画像が出回っているから説明など無い。卒論の画像のテラトーマ画像を切り貼りしたらしい。
②に関しては後述。



次々と問題が出てくる中、共著者の中で最も科学者らしいと述べた若山さんが動きを見せた。3/5理研発表のコメント及びテラトーマ切張り画像が決め手だと言う。3/10の事。論文の撤回を共著者に呼びかけ、コメントをした。
『信じていたデータに重大な問題が見つかり、STAP細胞が出来たのか確信が無くなった。論文は撤回し、外部の人に検証してもらうべき。自分が実験に使った細胞やデータは提供する用意がある。』
更に共著者より提供されて自身がキメラマウスの作製実験に使ったSTAP幹細胞を、第三者機関に提供し分析を依頼したのだ。
この行為こそ、剛毅朴訥仁に近いもので、科学的根拠の上に論拠をおく科学者の態度であると自分は思う。

結果、この細胞は実験に使わなかったはずのマウスの細胞だったとわかる。キメラマウスは作れたけど、そのキメラマウスはSTAP細胞を使ったキメラマウスではありませんでした…先の論文整合性ある箇所無いやん。



後追いのように4/9小保方氏の会見がある。無論生中継は見れなかったけど、ニュース映像と1問1答の記事でおおよそ概要は掴めた。
あえてこれの記述や感想は無い。だが、4/15の追加コメントを考察対象とする。部分抜粋
『STAP幹細胞は、STAP細胞を長期培養した後に得られるものです。長期培養を行ったのも保存を行ったのも若山先生ですので、その間に何が起こったのかは、私にはわかりません。現在あるSTAP幹細胞は、すべて若山先生が樹立されたものです』
キメラマウス作製に使用されたSTAP幹細胞が、本来実験に使われるはずだった物と違ったのは若山氏のせいだと言うわけです。
小保方氏らが発した3/5のコメントを受けて、研究の信憑性を疑い若山氏が自身の実験の検証を率先して行った姿勢とは、比べるまでもない責任転嫁で、あまりにも酷い言い草であると思います。
4/9の自身の会見では科学者としての論拠を何一つ示すこともなかったのに。
4/16笹井氏会見でも然り。
自身は論文に関しては『研究結果が出揃ってから』最終段階での参加、しかも若山氏を飛び越して自分がチェック出来なかった、と論文の不備は全て若山氏に有りとの姿勢。
3/5の若山さんを除いた理研共著者のコメントに名を連ねた人とも思えない発言。
更には『STAP細胞の存在が無ければ説明しえない現象がある』からSTAP細胞は有力な仮設なのだそうです。演繹じゃないのだから根拠を示してSTAP細胞を証明しなければならない、科学者の方が言うことではないかと。
関係者の最後に会見を開いたのも意図的で、小保方氏に配慮しつつ論文撤回は必要と言うあたり、老獪な狡猾さを感じる。



STAP細胞に対しての実験結果の推論として、ES細胞(初期胚の細胞を培養た多能性幹細胞)の混入(もしくは意図的なすり替え)である説や、Muse細胞(骨髄間葉系細胞を消化酵素で刺激された細胞が多能性を持つ)が残留していた説などが取りざたされている。特にMuse細胞残留説は現状最も好意的解釈で、意図的捏造がある部分に関して意図的でない解釈も成り立つと。
Oct4-GDPの発現と勘違いしたただの発光現象が、STAP細胞の作製成功だと確信するのもそれはそれ。
既に論文としての体裁をなしていない結果のみを正しいと主張し続けるのもそれはそれ。
疑惑が濃くなった時点で、論文の撤回と反証による自身の実験結果をも覆す事になりかねない決断をした若山氏の行動は、他の共著者の説得力を駆逐して余りあると思う。

理研の責任大との報告書に対するコメントも謝罪と再発防止に努めるとし、自身に責任転嫁する発言を受けても、そこには言及しない潔さ。小保方笹井両氏と比べてみて、誠実な人となりを感じるのは自分だけだろうか。

参考サイト、メディア
慶応大学 吉村研究室
無知の知 ほたるぶくろの日記
片瀬久美子 SYNODOS
金融日記 藤沢数希の徒然日記
日刊ゲンダイ、MSN産経、毎日新聞、中日新聞、報知新聞、NHKテレビ、フジテレビ他多数

リンク貼らないのはまあ色々問題あるかもしれんので。あしからず。
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近況報告(簡易版)

どうもお久しぶりでございます。
放置しすぎて広告が表示されてしまう始末。いけませんね。
地域ボランティアもなくなり、言い訳できない今日この頃。鳥取から何をしていたかという事を暫し語ろう。

鳥取後、布買いに日暮里へ出向きました。大戦コスの新作の材料調達です。
いまだ覚めやらぬこの熱。むしろ鳥取に行った事で余計にはじけてしまったのかも。

新作は2つ考えています。
久しぶりの蜀軍と相変わらずの漢軍。キャラはまだ公開しない方向で。

呉軍もやりたいんだけど、前回呉軍でイイ目を見すぎているから、気合入れて蜀軍と漢軍も頑張ろうかと。



そしてここから重要な点。

久しぶりにアニメにはまりました。

『タイバニ』です。

既にコスもしましたw私服の方だけどね。

予想どうりでしょうが虎徹です。

私服が本命でなく、ヒーロースーツの方がめちゃくちゃ作りたい!!

よって、俺の無い脳味噌で考えた結果、秋の交地・鳥取までに新作は勿論、
その前にタイバニヒーロースーツ作れやしないか?

との思いで、今構想を練り中。

サル並の頭なので、秋になって後悔するような気もするが、俺はがんばる。

地域ボラさえなければ、時間は多少有るはずだ!



撮影会での虎徹画像はそのうち載せるよ。

そしてもう一つの新作(大戦に非ず)は酷くて公開できない罠w

地域ボラ退団記-その2

地域ボラ退団記その2

2010平成22年度
 あまりにも多い出動日数回数なんで集計してみた。
 普通に仕事しながら平行して出動するこの日数は異常。
 ウチの市の団は行事・活動ハンパ無いんだから!!

共通事項として月2回の警備出動(1日、15日定例)
分団の行事と団の行事と併せて集計してる。
一応団の幹部としての責務もあるんだよね。
ちなみに同じ立場の21年度も大変だったが、分団のボスが替わったので、更に大変なことに。
おまけに6年に1度の地元大祭も行われる。なんて年だ!

4月
 警備出動 8日間(大祭警備5日間含む)
 会議   5回
 操法訓練 14日間
 他訓練  2日間(郡幹部訓練他)
 なおらい 1回

大祭画像

柱001


柱003


5月
 警備出動 8日間(大祭警備5日間含む)
 会議   6回
 操法訓練 21日間
 他訓練  2日間(水害対策、総合)
 なおらい 2回

6月
 警備出動 2日間
 会議   9回
 操法訓練 27日間
 他訓練  1日間(水害対策)
 なおらい 3回
 操法大会 2日間(分団内選考大会、市大会 1部<ポンプ車>最下位 2部<小型>優勝)

7月
 警備出動 2日間
 会議   6回
 操法訓練 15日間
 他訓練  2日間(水害対策他)
 なおらい 2回
 操法大会 1日間(郡大会 3位)

8月
 警備出動 8日間(花火大会、盆警戒)
 会議   7回
 訓練   3日間(連結送水訓練他)

花火湖上警備画像


湖上警備001


9月
 警備出動 5日間(花火大会、小祭警備2日間含む)
 会議   8回
 訓練   1日間(応急救護)

小祭警備画像


小祭警備001


10月
 警備出動 3日間
 会議   13回
 訓練   8日間(応急救護、梯子訓練)
 なおらい 1回

11月
 警備出動 3日間(秋の火災予防週間)
 会議   9回
 訓練   8日間(応急救護、連結送水、梯子訓練)
 なおらい 2回

12月
 警備出動 9日間(年末、深夜特別警戒)
 会議   7回
 訓練   7日間(梯子訓練)
 なおらい 1回

1月
 警備出動 2日間
 会議   5回
 訓練   2日間(出初め、梯子訓練)
 なおらい 2回

画像は車両お払い


車両お払い001


画像は元日梯子披露廻りの様子。

2年ほど幹部として休んでいたが、最後の年として俺も乗る。

技は遠見
最も基本的な技。梯子に登るのは、遠くの状況を把握するという意味合いがあるため。


遠見001


これが2本崩し。2段目逆立ち。難易度は低め。


2本崩し001


2月
 警備出動 2日間
 会議   7回
 訓練   1日間(総合防災)
 なおらい 2回

3月
 警備出動 5日間(春の火災予防週間、一人暮らし高齢者宅訪問)
 会議   9回(次年度役員への引継ぎ等)
 なおらい 2回 

延べ日数292日

4~6月は早朝操法訓練の夜会議とかで重複あるんで実日数の集計ではないが、ココまでくると仕事以外は常時地域ボラ的な気分。

んで、それに報いるは名誉の表彰。

部長賞×2、分団精勤賞
俺重複番員2年間やってるから部長賞2回貰ってる。精勤賞は初年度かな。

部長賞、精勤001


県協会、地区協会精勤賞、精蹟賞、技術賞、功労賞、10年勤続賞、団精勤賞、優良賞他、
各年度まんべんなく貰ってる感じか。県協会とか市協会の、精勤賞だとか精績賞とかはあんまりおもんない。
県協会技術賞は18年度だから意義が解るかも。
って思ってたが、幹部になって選考基準見たら勤続7年経てば選考対象だからって事で、さほど意味無さっぽい。

県精蹟、功労001


郡大会出場賞(市代表賞)、市優秀番員、分団選考会優勝賞、分団選考会優秀番員
この辺りがようやく誇れる程度か。
実は郡大会出場賞が旧諸葛亮のコス衣装に装飾として使われていた(笑

優勝、優秀番員




ともあれこれで少しは時間が出来るので、もう少し付き合いは良くなると思われ。

やりたいことはイパーイあるぞ!!

地域ボラ退団記-その1

ついに地域ボラティアの団員生活にピリオドを打った。
この12年間は大変で、特に後半6年間は本当に厳しかった。
相方にも非常に迷惑をかけた。

始めは結構嫌々参加の時も多かった。飲み会なんか飲めなきゃ楽しくないし(薩川はアルコールに弱い
でも、この地区で生まれ、育ち、そしてこれからも生活していくという観点から、地区への奉仕は必要で、当然と思ってやってきた。
それにそこで出来た仲間と一緒に過ごす時間は、十分なモチベーションとなった。

東日本大震災でも団員の方が活動しているのを見るにつけ、胸が締め付けられる思いだ。
ちなみに12年って短いと思う人もあるかも。
被災地域では結構年配の団員の方とか見るもんな。
長野県は活動が盛んな区域で、平均年齢も低い。それだけ若い団員が多いということ。
更にウチの市の団員の平均年齢は低い。
加えてウチの市の幹部の出動日数回数はとんでもない訳です。
それを見れば、年数は少なくても濃密な時間を過ごしているのだ。

OBになったとはいえ、金銭面などで現役団員を支える役目も担っているんでね。
まだまだ奉仕の活動は続きます。
とりあえず一段落ってとこで。

本当にいろんな事があった。
消防技術の習得の為の操法訓練、連続放火に伴う消火活動、豪雨災害に行方不明者捜索。
ちょっと時系列としてまとめてみた。


1999平成11年度
 前年度に地域の大祭がある。そこでスカウトされた感じ。
 この地域ではこの大祭に併せたスカウトでの入団が一般的である。
 入って直ぐ4月から連続放火事件発生。
 それに伴う特別警戒。えらい所に入ってしもた…といった感じだった。
 当番制だったけど、深夜も警戒に当たるから。
 事件事態は初夏には収束。盛夏には犯人も捕まってたな。
 操法 2番員 この頃は鳴かず飛ばず。市の代表選考会では初年ということもあり、全然駄目だった。

2000平成12年度
 比較的穏やかな活動。まだヒラ団員だし。人員もこの頃多かったのでマッタリ進行。
 操法 2番員 大会本番に弱いことが解りはじめる。

2001平成13年度
 3年目ともなれば集大成の年か?そのわりに結果が出なかったね↓
 操法 2番員 分団選考会5位。全17チーム中でね。前年までよりは良いが、市の大会へ出るのすらままならない。

2002平成14年度
 操法 1番員 やってみたが厳しかった。パワーもある程度必要だし。スピードは無いし。
 中堅とまで言わないけど、だんだん活発になる活動。

2003平成15年度
 操法 3番員 天職と思える。ポンプ操作だから。でもお家事情でこの年しかやらせてもらえなかったな。
 正式な階級じゃないけど、はんちょー代理という役職に付く。場所によっては伍長とかも言うらしい。
 要は、はんちょーという階級の下に便宜上作ったものか。

2004平成16年度
 大祭警備 まだ楽しんでお祭りも参加できる程度だが忙しい年。
 操法 指揮者 13位
    2番員重複 4位。2種目で大会出るのって大変なんだよ。
 この年から梯子班参加。この頃は梯子に登るだけで怖かった。


元日梯子001


2005平成17年度
 機関新調 操法 指揮者40秒5位 分団優秀番員
         2番員   7位
 この頃からようやく勝ちを意識する。周りの人材もそろう。
 行方不明者捜索など、活動も増えて流石に厳しいと感じ始める。
    
2006平成18年度
 はんちょー昇格
 く○○り連続放火事件  
 この特別警戒はすごい規模と労力だった。出動日数も半端無い。
 警察の詳細情報が入っていなかったので、妙な付随珍事件も起こった。
 怪しい人に声をかけたら私服警官だったり。
 怪しいゴミ袋を発見して、中を捜索したら刑事が中から出てきたり(笑
 後述の操法の夜練習の後に食事に出かけ、食事中の店の周りが警官で固められてたり
 (↑後に知ったが容疑者が出入りしていた店だった)
 屯所宿泊が当たり前な時期も。4月の初っ端から火災出動だったな。
 6月半ばには収束方向へ向かっていったが、模倣犯もおり、気が抜けなかった。
 操法の選手としても練習しなきゃいけなかったし。

連続001

連続002


 操法 指揮者 
 分団選考会 優勝 ウチの部の優勝は25年ぶり。なんだよ、4半世紀ぶりってw
 市大会   優勝 市優秀番員  平成14年度以来のぶんだん優勝
 郡大会   3位  肉離れしながらの大会。特別警戒と平行して大会に臨むという無謀さ。

郡大会001


 郡大会当日に○まぇ○タイーホの新聞報道が出た。

 18年7月豪雨災害
 道路は各所で寸断。冠水、土砂崩れなど。会社に行けれねぇ。
 隣接市のだんいんも土砂災害にて殉職。所轄の土砂崩れはまだ比較的小さくて良かったが。
 道路、住宅の冠水の為に不眠不休の排水作業が3日間続く。
 本当にこの年は凄かった。


18災害001


18災害002

 
2007平成19年度
 操法は第一線を退く。同じ部の別チームが優勝。
 市大会は補助員(補欠を兼ねる)で参加。全番員経験があるの俺だけだから。
 市大会では3位と敗退。
 昨年度よりは穏やかに過ぎたが、階級に伴う激務。
 ちなみに部の会計業務も担う。
       
2008平成20年度
 ぶちょう昇格
 操法 部として分団選考会敗退。
 やっぱり器として『長』の立場は厳しいという事を痛感。
 だが、18年度の選手としての実績が次年度の役員人事で出世コースに乗ってしまった。
 色々な経験が出来たので、この年の経験が後の2年間に生きた気がする。
 そしてもう2年勤める覚悟が出来た。

2009平成21年度
 ぶんだん三役しょむぶちょーに昇格
 操法は出身部のチームが市大会にて準優勝。
 俺以上の人材でも、団体競技ということで、勝ち抜く難しさがあるよね。
 18年度の俺達は、たぶん特別警戒のドサクサと初出場の怖いもの知らずで運良く勝っちゃっただけ。

 8/8局地豪雨災害  18年ほどではないが、休みなしの排水作業、土砂の運搬片付け。
 18年度は自分の地区も被害甚大だったけど、この災害は隣接地域での被害が大きく、
 応援出動といった具合だった。


水害1


水害3


 ウチの市の災害ボランティアの受け入れ方は良かった。18年の時もそうだけど。
 素早い受け入れ体制の確立と、的確な派遣地区の選別が被災地域の迅速な復興に繋がる。
 だからといって東日本大震災の規模でなかったから、上手く行く訳ですが。

 ぶんだん記念誌発行
 編集委員筆頭として孤軍奮闘。年度末進行は厳しかった。
 でも、節目の年として携わった結果色々と歴史を学ばせてもらった。
 これもおいそれと出来る経験ではないのではなかろうか。

長くなってしまった。

H22年度は次日記へ。

ダイエット

ストレスで太った。

今朝からダイエット始めた。

1ヶ月で5kg減目標。

あと、腹筋。

現状55.5
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